カスタマーエンジニアの憂鬱

将棋を始めたおっさんCEが残すライフログ的ブログ

【ゲーム】ゼルダの伝説 BotW でストレスに感じる点

スプラトゥーン2 が来るまでやるゲームがないので、『ゼルダの伝説 BotW』をストレスを感じないようにプレイしている。

ストレスを感じないように、ゲームで詰まったら、すぐにネットで調べてしまうようにしている。

邪道で、「そんなプレイの仕方では、ゼルダの魅力が半減してしまう」との批判を受けそうだが、『ゼルダの伝説 BotW』は従来のゼルダのお約束をリセットして完全に別のゲームになっているということだが、ゼルダに慣れていない自分にはゼルダ的なお約束事が分からずに、詰まってしまうことも多い。

なので、謎解き以外にも行き詰まったら、即ネットで調べてしまうようにしているが、以下はゼルダが苦手なオッサンがストレスに感じたポイント。というか、単なる愚痴。

武器ポーチが拡張できると気付かない

ボックリンが善良なNPCだと思わず避けてしまっていた。なので、武器ポーチが拡張できるということに気付かず、武器ポーチの少なさがストレスになっていた。

ハンマーと松明は武器ポーチではなく、デフォルトで常に使用できるようにするべき。もしくはスタックできるようにするべきだったのではないか?これは今でも大きなストレスの要因になっている。

武器とかでも代用できるが、貴重な武器を無駄使いしたくないので、ハンマーがない時は鉱石があっても素通りしている。しかし、これが微妙にストレス。せっかく見付けた鉱石なので、採取しておきたいという誘惑に駆られ、素通りした後も心残りになる。

コログを見付ける法則性が分からない

コログの実で武器ポーチを拡張できると分かったが、コログがどこに潜んでいるか分からない。

結局、始まりの地で、ネット情報を元にコログの実を20個集めて、ようやくどんな箇所にどんな感じに隠れているか理解できた。

この辺はチュートリアル的なものがあってもいいのではないかと思った。

武器がすぐに壊れる

アクションRPGなのに、基本的に戦闘を極力避けるべきものとしてゲームがデザインされている。

武器がすぐに壊れるので、雑魚は相手にせず、迂回するか、その他の手段を取るようになっている。今の2〜3倍は耐久性があってもいい。現行だと壊れすぎる。

せっかく強い武器を入手してもすぐに壊れてしまうので、なかなか使えずに武器ポーチを圧迫するだけになってしまっている。

この辺は赤い月でリセットされるのを利用して、再取得して強い武器を集めるというのが攻略のポイントになるのだろうが、同じ敵を何度も倒さないといけないのは自分にはストレスでしかない。

壊れるが再生できるようにして欲しいが、そうなるとゲームシステムの根本が崩れてしまうので、この点でも自分には合っていないのかなぁと思わずにはいられない。

料理が面倒臭い

最初は面白かったが、徐々に面倒臭くなってくる。同じ料理は一度に複数個作れるようにして、スタックできるようにして欲しい。

レシピから半自動で作れるようするべきだし、レシピはどこかに保存できるようにするべきだと思う。

採取は面白いのだが、それが上手く利用できていない感じ。単に自分が理解できていないだけかもしれないが、そうだとしたら、誘導に失敗しているように思う。

どこが未到地なのか分からない

タワーを解除すると、地域の情報が開示されるが、祠などの情報は開示されないので、どこまでが探索済みなのか全然分からない。

普通に、踏破した地点の周囲が明確化する従来型のシステムの方が良いと思うのだけれど、わざわざこのシステムにした意図がよく分からない。

地域の情報を取得するなら、馬屋だけでもポイントして欲しい。未踏の地域がもっと分かりやすくするべきだと思う。

タワーを解除しまくってしまうと、どこが未踏地域なのか分からなくなってしまう。現在の自分がその状態で、どこに行けばいいのか、よく分からなくなっている。

雨が鬱陶しい

雨が単なる嫌がらせ要素にしかなっていない。崖登りの途中で雨になった時の鬱陶しさが物凄いストレス。祠やタワーから遠い場所で、崖登りしている時に、雨になると途方に暮れるしかない。

蛙の手袋のような滑り留めのアイテムが必要だと思う。回数制限付きでも良いのであるべきだと思うが、今のところそういった救済アイテムは見当たらない。

崖登りが探索のメインの手段なのに、なぜそれを邪魔するような嫌がらせ要素を入れたのか?ゲームの難易度を高くする=嫌がらせ要素を入れることではないのは、任天堂ならば十分に分かっていると思うのだが、雨が嫌がらせ要素にしかなっていない。ゲームを進めれば変わるのか?

でも、クリアはしておきたい

こういう風に言語化すると、やはりゼルダは自分には合っていないのだなぁと思うが、なんか勿体無い気持ちが捨てきれずに、止めてはしばらくしては再開するというのを繰り返している。